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708年 和同開珎を鋳造する [年号のゴロ合わせ]

久々の更新です。
なかなかブログを書く環境が整いませんが、細々と頑張ります。
たまに覗いていただけると幸いです。



さて、今日は古代の貨幣について見ていきましょう。
貨幣とはもちろんお金のことで、紙幣(紙のお金)と鋳造貨幣(コイン)の2種類に大別されます。

では、天武天皇のころに鋳造された貨幣は何でしょう?

奈良県の飛鳥池(あすかいけ)遺跡で出土した富本銭(ふほんせん)ですね。
果たしてこのコインは流通したのか、それともおまじない用としてつくられたのか、
研究者の間で現在も意見が分かれているようです。

ではでは、富本銭の次に鋳造された貨幣は何でしょう??

そう、とてもとても有名な和同開珎(わどうかいちん・わどうかいほう)ですね。
これは流通貨幣(略して通貨)として使用されたようです。

元明天皇の時代、慶雲(けいうん・きょううん)五年のこと。
武蔵国(むさしのくに、現在の東京都・埼玉県・神奈川県北東部の地域)秩父郡(現在の埼玉県)が
朝廷に和銅(わどう、天然の純銅)を献上しました。
これを記念して、朝廷は元号を慶雲から和銅(わどう)と改めました。
708年のことです。
そして、この和銅をつかって鋳造されたのが和同開珎です。
銅で鋳造される前に銀でつくられたようですので、銀銭と銅銭の2種類あります。

ここで気をつけなければならないのが、漢字です。
元号は和「銅」ですが、鋳造貨幣は和「同」開珎なのです。
なぜ和「銅」開珎ではないのか、現在も解明されていないようですが、
両者の漢字の混同を避けるため、こう覚えてみませんか?

708.jpg
イラスト内にも書きましたが、このような事実はありませんのでご注意くださいね!
あくまでも元号は「銅」、鋳造貨幣は「同」なんだと覚えてもらうためだけのものですからね!!

ちなみに、イラストの中に描かれた人物は、鋳銭司(じゅせんし)といいます。
貨幣の鋳造を担当した人のことです。
彼が右手に持っているのは枝銭(えだせん・えだぜに)です。
このころ、貨幣は鋳型(いがた)に原料を流しこんで作っていました。
その鋳型というのが、木の枝の先にお金をくっつけたような、イラストにあるような形をしていました。
鋳型から取り出したものが枝銭で、それぞれお金となる部分を枝から切り離し、
きれいな円形になるよう周囲にヤスリをかけます。
どうやってヤスリをかけるのかというと…

和同開珎の穴の形って覚えていますか?
いま日本で流通しているコインは丸い穴が開いていますが、昔のコインは四角い穴が開いていました。
もちろん、和同開珎もそうです。
すなわち、枝銭から切り離した周囲の荒い和同開珎に四角い棒を差し込み、
コロコロすればきれいな円形になる、というわけです。
よく考えられていますねぇ~…

ところで、和同開珎のモデルになったコインは何か分かりますか?

唐の開元通宝(かいげんつうほう)です。
Wadogin.jpg  Kaitsugenpo.jpg
左が和同開珎で、右が開元通宝です。
さすがモデルにしただけあって、すごくよく似ていますね。
しかし…よく見ると…
和同開珎は上から時計回りに文字を配列していますが、開元通宝は文字を上下右左と読むのです。

果たして…和同開珎という読み方でいいのでしょうか…
オリジナリティを出すため文字列を変えてみただけなのでしょうか…
謎は深まるばかりです…

この和同開珎がどのように使われたのかは次々回で触れたいと思います。

では、最後に今日のゴロ合わせ☆

708.jpg



次回は平城京遷都について見ていきます。

画像出典
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%92%8C%E5%90%8C%E9%96%8B%E7%8F%8E
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%96%8B%E5%85%83%E9%80%9A%E5%AE%9D
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