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1051年 前九年合戦が起こる [年号のゴロ合わせ]

今日は、1051年に始まった、前九年合戦(ぜんくねんかっせん)を取り上げます。
現在の山川出版社『詳説 日本史B』という教科書は、前九年合戦の表記を用いていますが、
この出来事、一般には前九年の役(ぜんくねんのえき)と呼ばれています。

そもそも役(えき)とは一体なんなのでしょうか?

ほかに「○○の役」と呼ばれる事件といえば、
元寇(げんこう)の、文永の役(ぶんえいのえき)・弘安の役(こうあんのえき)、
朝鮮侵略(朝鮮出兵)の、文禄の役(ぶんろくのえき)・慶長の役(けいちょうのえき)、などがあります。
いずれも外国との戦いですよね。

つまり、役(えき)とは、外国との戦いに用いられる名称なのです。

ただし、都から遠く離れた辺境(へんきょう)の地での戦いにも用いられます(諸説アリマス)。
前九年の役は、都から遠く離れた東北地方で起きたため、このような名称で呼ばれるのです。

テストで答える場合は、前九年合戦でも前九年の役でもマルですからね!
それでは、どんな戦いだったのか、見ていきましょう。



かつて東北地方は、朝廷の支配に属さない蝦夷(えみし)たちが住む地域でした。
平安時代(2)のプリントにあるように、
朝廷は蝦夷との戦いを繰り返して支配地域の拡大につとめ、
9世紀前半に、その平定を完了させました。
やがて朝廷は、支配下に入った蝦夷たちを、俘囚(ふしゅう)と呼ぶようになります。

ではここで、11世紀ごろの東北地方の勢力図を見ておきましょう。
陸奥国(むつのくに)では安倍氏(あべし)が、
出羽国(でわのくに)では清原氏(きよはらし)が力をもっています。
地図で見ると、ざっくりこんな感じです。

1051-1.jpg
(CraftMapより作成)

安倍氏を率いるのは、安倍頼時(あべのよりとき)という人物です。
奥六郡(おくろくぐん、上の地図のピンク色のあたり)という地域に住む俘囚たちの、リーダー的存在です。

安倍頼時も俘囚なので、もちろん陸奥国府(むつこくふ)の支配下にあるわけですが、
次第に両者の関係はくずれてゆき、1051年に衝突してしまいます。
勝利したのは、安倍頼時です。
敗れた陸奥守(むつのかみ、陸奥国の国司の最上級者)の藤原氏は、
陸奥守をクビになってしまいます。

かわって陸奥守に任じられたのは、源頼義(みなもとのよりよし)という人物です。
安倍頼時との関係は良好で、ナニゴトもなく時間が過ぎてゆきます…

ところが1056年。
源頼義がそろそろ陸奥守の任期を終えようというタイミングで、事件が起こります!
源頼義の部下が、ナニモノかに襲撃されるのです!!

おそらく犯人は、安倍頼時の息子である安倍貞任(あべのさだとう)であろうということで、
源頼義は、安倍頼時に息子の身柄(みがら)を引き渡すよう要求します。
しかし、安倍頼時はこの要求を拒否し、なんと挙兵したのです!

前九年合戦の再開です。

翌年、安倍頼時は、戦いのさなかに命を落としてしまいます。
源頼義は朝廷に対し、安倍頼時戦死の報告と、援軍の要請をするのですが、
朝廷からは、とんと音沙汰がありません…
敵のリーダーを討ち取ったのに、褒美(ほうび)も援軍ももらえず、源頼義は次第に追い込まれてゆきます。

その間、戦死した父親にかわって一族を率いるようになった安倍貞任は勢いを増しており、
源頼義はボコボコにされてしまいます。
息子である源義家(みなもとのよしいえ)の活躍によって、命からがら逃げ延びたこともあったとか…

なんとかこのピンチを乗り越えたい源頼義は、とある一族に目をつけます。
さきほどの地図をもう一度見てください。

1051-1.jpg
(CraftMapより作成)

そうです!
源頼義は、出羽国の俘囚のリーダーである清原氏に協力をあおぐのです!!

源頼義は、プレゼントを贈りまくったり、朝廷の権威をふりかざしたりして、
なんとか清原氏に参戦を承諾してもらいます。

1051-2.jpg

清原氏の参戦によって、源頼義は勢いを取り戻し、
安倍貞任を討ち取ることに成功します。
ここに、1051年以来、12年にわたる前九年合戦が終結するのです。

とにもかくにも、前九年合戦は、
 〔勝〕源頼義(陸奥守)+清原氏(出羽国) vs 〔負〕安倍氏(陸奥国)
という構図を覚えておけば大丈夫です!

ところで!
「前九年」ってなんなんですかね…
気になってませんでしたか?

実はこれ、ナニが「前」なのか、ナニが「九年」なのか、サッパリ分からんのです…
戦いは12年続きましたが、一体「九年」という数字はどこからきたんでしょうかね…
12年から、後三年合戦(ごさんねんかっせん)の3を間違って引いちゃったんじゃないかという説もあるそうですが、
正解は分かりません。
とりあえず、昔から前九年の役とか前九年合戦って呼んでるみたいなので、
我々も深く考えずにそう呼んでおくとしましょう…

それでは、今日のゴロ合わせ☆

1051年.jpg

マワシ姿でゴメンナサイ!
ドスコイで1051年を覚えてほしかっただけです。
深い意味はありません!!

ちなみに、安倍氏の漢字には注意してくださいね!
これまでに登場した阿倍内麻呂(あべのうちまろ)・阿倍比羅夫(あべのひらふ)・阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)、
彼らの漢字は阿倍です。
混同しないよう気をつけてください。
なお、総理大臣の安倍晋三さんは、安倍氏と同じ漢字ですよ。



次回は、後三年合戦を取り上げます。

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